物議を醸す「香川県ゲーム規制条例」、見る限りどの意見も自分たちのことばかりだ。
うんざりだ。
だから今回は誰よりもアツく、誰よりも客観的にこの問題に触れることにする。
現在のゲームの立ち位置
ポジティブな面
- esportsを通じた雇用創造や地方創生など人々の新たな可能性
- コロナウイルスに曝された今、オンラインによって、室内でも楽しめるエンターテイメントとなる(いつでも、どこでも、誰でもできるエンターテイメント)
- 芸術の一つの形としても注目される
ネガティブな面
- 廃課金者が続出
- ゲーム中毒で、日常生活に支障をきたす
香川県「ゲーム規制条例とは?」
2018年6月18日に世界保健機構が「ゲーム障害」を正式に精神疾駆とされたことから大きく動き出す。
NHKは強くゲーム依存を批判!!国民に危機感を煽る!!
一番議論を呼んだ記事は削除されたが、こんな具合だ。
地方自治体として初めて、香川県が動き出す。
遂に2020年3月18日、「ネット・ゲーム依存症対策に関する条例」が成立した。
主な内容は、18歳未満は、
- 平日のプレイ時間は60分、休日は90分を目安とする。
- スマホの利用は中学生以下は21時まで、そ平日のプレイ時間は60分、休日は90分を目安とする。
- スマホの利用は中学生以下は21時まで、それ以外は22時までとする。
- 家庭内でルールを作る。
- 罰則は無い。
と言ったものになっている。
しかし、成立の背景にある「科学的根拠」や「パブリックコメント」における不自然さが指摘される。
追随して、秋田県も「インターネットやゲームを規制する条例」を検討している。
では賛否両論のこの問題はいったいどんな状態なのだろうか?
まずは、両方の言い分を考えてみよう!!!
賛成派の言い分
「子供の学力、体力、健康を損なう原因となり得る」というのが主な賛成派の意見である。
主な支持層は「親」である。
つまり、自分の子供がゲームと向き合っている層である。
自分の小さい子供がゲームばかりやっている光景を目の当たりにした時、反対派の人達はどう思うのだろうか?
「いいぞ、もっとやれ」と言うのだろうか?
言えないだろう。
「大人のあなた自身の考え方」でこの問題を判断するのではなく、子供や親としての立場で考えたら賛成派の言い分を強くは否定できないだろう。
だがこの賛成派の意見は了見が狭く、科学的根拠が余りにもいい加減で不信感を感じるのが難点だ。
パブリックコメントの賛成の例をいくつか読んだが、この条例は18歳未満が対象であるのにも関わらず、多くは小学生を前提にしか論じていない。小学生に対する制限と中学生、高校生に対する制限を一緒くたに考えるものは宜しくない。
また、反対派の意見に対するコメントも科学的根拠に欠けるものが多いか、僅か数パーセントも例を大きく取り上げている様に感じる。
一番いけないのは、パブリックコメントが不自然なことだ。そもそもパブリックコメントは「量より質」であるのにも関わらず、たとえ議員であっても中身を知ることができない状態なのだ。
そして最後に、規制も万能ではないことを賛成派には覚えておいて欲しい。反動の可能性があるからだ。
反対派の言い分
「ゲームにも良い点がある、一方で香川県のやり方は不信感と説得力に欠ける」というのが主な意見である。
この意見を支持するのは、インターネット文化やゲーム文化にどっぷりの人やゲーム関係者だ。
論理や道理という点においては、彼らの意見が勝っている。誰が見ても間違いないだろう。
しかし、いまいち説得力にかける。
理由はただ一つ、反対に至った動機が弱いからだ。
動機には「感情論」と「表立っては言えない動機」の二つがある。
一つ目は、どっぷり層が自分のいる場所を攻撃されたと感じていること。これは分かりやすい。SNSで流暢に語っている奴の大抵はこんなところだ。
この動機では揚げ足を取っている様にしか感じられない。
二つ目が重要である。これは世間って奴に嫌われるからなかなか言えない。
その隠された本当の動機って奴は、ずばりゲーム関係者が誰でも感じている「ゲームの印象を下げられると自分たちの商売に影響がでるから阻止したい」ということだ。至極当然の考え方ではあるが、対抗馬の「子供の将来」と同列に考えると「俺たちの今の生活はどうすんだよ」とはちょっと言い出せない。
言い出せないが関係者は誰もがそう考えている。賛成派の人達にはこの辺も汲んでもらいたいものだ。
そして賛成派に一番分かっていただきたい反対派の思いは、別に彼らは家庭のルールでゲーム時間を制限することに文句はないことだ。
彼らが嫌うのは、規制の対象として位置付けられることだ。これでは「多大な害があります」と言われている様なものだからだ。
つまりは罰則なしの軽い条例の癖に、規制を謳うなってことだ。
最も重要なこと
この議論において最も重要だと私が感じるのは、「ゲームから削り取った時間の行方」である。
この時間がテレビやYouTubeに充てられるのであれば、お笑い草だ。
往々にして有り得るのが悲しいことなのだ。
理想的には学習、運動、睡眠に充てられること思われる。
だが、これらを無理矢理やらせるのだろうか?その先に効果はあるのだろうか?
地方自治体はこの部分はノータッチなのだろうか?
スマホ・ゲームの利用時間を家族で話し合う必要がとしているが、削った時間をどう使うかを一番考えなくてはならない。
この時間が有効に使われたか否かを判断するのは非常に簡単である。
規制を行った来年度、学力、運動、健康面において今年度より向上しているかを確かめてみれば一目瞭然である。
非常に楽しみだ。
客観的に考えると
家庭が利用時間に関するルールを作ることを促すのは大いに賛成であるが、規制と称することには反対と言うのが妥当な着地点ではないか?
規制と言っておきながら、その本質は各家庭に任せっきりなのだから。
私個人の思い
いつの世の中も娯楽の誘惑は子供の周りに付きまとっていたのに、今は規制して守ろうという風潮には納得いかない部分がある。
規制で縛ってしまったら、個々の自制心を育むことができるだろうか?
では、あらゆることを規制することが出来るのだろうか?
今回の件も不安が残る。
確かに一時は規制が有効かもしれない。だが、18歳を過ぎたら急に規制は外れる。いざ自由になった時、途轍もない反動が来てはしまわないだろうか?
だから、今回はせめて教育委員会が学校に強く訴える様子をマスメディアが報道する程度で留めておくのが最善であったと考える。
だが、後の祭りだ。
各家庭が「規制を守る為に利用時間を制限する」という意識では無く、「子供の自制心を鍛えるために制限する」という意識を持つように心掛ける必要がある。
それが本当に子どもの将来を考えるという事だろうから。
今後のゲームの在り方とは?
結局悪いのは、ゲームそのものではなく、人々の自制心の無さなのだ。
ゲームが世間、政治、教育に忖度する必要は全くない!
今後も面白さをとことん追求してくれ、暗い日本を明るくしてくれ!!
それこそがエンターテイメントの使命なのだから!